Ari's Blog

Reading makes me rich !

Welcome to Tokyo !

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なにも外人をもてなしたわけではない。もう一週間以上前になってしまったが、いつも夏に遊びに行くうどん県の親友が突然「今日午後から東京出張で行くから明日の午前中時間あるかな?」とメッセージをよこしてきた。ランチを一緒にってことだったが、打合せの合間の時間を狙ってのランチではあまりにも慌ただしくてもったいない。先方がどういった人たちと出張に来ているか?が分からなかったが「夜は?一緒に出張に来ている人達と一緒に呑んでもいいよ?今晩にしねぇ?」と誘った。何人かの上司と一緒に出張に来ていて、彼が一番歳も下だったらしいのだが、その人達を放ったらかして呑むことになった。私としては嬉しい限りだが、うどん県から東京に出張来て「今晩は東京の友達と会うので、じゃっ!」って大丈夫だったのだろうか?と心配だったが、久しぶりに二人でゆっくり呑めることになったのがとても嬉しかった。

いつもうどん県にいる時は彼が運転するのでノンアルコールビールだったり、こちらもあちらも家族がいるし、学生時代のように何の気兼ねもなく、何を言うことをためらうこともなく、酒を酌み交わしながら何でも話す時間なんて、もしかしたらお互い結婚してからなかったと思う。それだけにとても貴重な時間に思えた。

いつもうどん県では本当にもてなしてくれる彼が東京に来ている。東京らしいものでもてなそうと思ったが、魚はうどん県の方が旨いだろう。もちろん、東京だって金に糸目を付けなければ旨い魚を食べることはできるだろう。だが、銀座あたりで寿司屋に入って高いからと言って、必ずしも満足できるとは限らない。「銀座の寿司屋行った」といえば、多少の話の種にはなるだろうが、満足できるかどうか?はまた別の話だ。「東京らしいもの」を打合せ中に内職しながら探したりしたが、どうも「ここ!」というところが見つからない。「東京らしいもの」にこだわらずに探していたら、ふと目に止まったお店があった。能登料理を振る舞うという「のと半島時代屋」だ。

小さいお店で入れなかったらどうしようか?歓迎会の時期だし、と思っていたが、たまたまパッと入れた!

最初から言っておく。このお店は最高のお店だった!次に彼が東京へ来る時もまた行く。行きたいと思う。そしてその時期の能登のお料理を楽しみたい。学生時代のように他愛のない話をして美味しいお酒と肴で。

このお店はお料理だけではなく、そのおもてなしが最高にいい。決して出しゃばらず、それでいてシッカリこちらを見ていて、全てが非常に良いタイミングで追加オーダーを聞きにきたり、お料理を持ってきてくれたり。能登料理なんて食べたことないし、何がいいのか?今の時期は何がお薦めなのか?全然わからないので、基本的に「何が美味しいですか?」とお料理もお酒もお薦めを聞きながら注文していった。そんな中でお料理を持ってくるタイミングに「ご学友ですか?」とか女将さん(かな?)がさり気なく聞いてきたり。旬の食材の話や、お薦めの日本酒の話をしていて、つい一緒に話し込んでしまったり。能登ってうどん県の彼も私も全然馴染みがないので、ついつい理系の性(さが)か?根掘り葉掘り聞いてしまう。一つ一つを丁寧にゆっくりと説明してくれる女将さん。ホタルイカをよそいながら、お酌をしながら、温かにユッタリと説明してくれた。本当に最高の「おもてなし」だった。

これはホタルイカの釜揚げだ。この季節限定で能登から直送したホタルイカ。刺し身での提供は富山県の条例で禁止されている。そこで店長が「どうやったら火をギリギリ通してホタルイカを存分に一番美味しく肝も一緒に味わえるか?」を考え抜いて編み出したのがこの「釜揚げ」らしい。「大きな鍋にこれだけ?」と思うかもしれないが、1つ1つ女将さんが色合いを見てほんのりピンクになった頃合いにサッと上げてよそってくれる。最高に美味しいいタイミングでよそってくれる。これ、本当に美味しいのだ!もう本当に言うことない!これに能登の熱燗を合わせたら、どんなに幸せか分かるだろうか?その幸せを存分に味わった。

「常きげん」という石川のお酒をぬる燗で、黒龍という福井のお酒を熱燗で、もう心ゆくまで味わった。こんなに美味しいと思って呑む熱燗、肴、ついぞ記憶にない。ほんとうに、ほんとうに旨い。食べ物でこれほどの幸せを感じられる日本は本当にいい。日本人に生まれてよかった!と世界に叫びたいほどの幸せだ。

「常きげん」はアルコール度数が 18 度もある熟成した日本酒らしく、ややとろみがあって黄色みがかっているほどなのだが、ひっじょうにまろやか!「まろやかで超呑みやすい!燗酒でこのまろやかさと優しさって初体験!」とか調子に乗ってクイクイと彼と呑んでいたら、だいぶ経ってから女将さんが「熟成したお酒でアルコール度数が 18、19 度もあるんですよ」って教えてくれた…。なんだかんだと最初のビールの乾杯の後はずっとこの常きげんと黒龍の燗酒を呑んでいた。1本どれくらいはいっているか?は分からないけど、4本も呑んでいた。

ホタルイカ以外にも、金沢の春菊のおひたしは、春菊嫌いの私でも、サラダのように美味しく食べられるアク感の全くない甘い春菊だったし、白エビの唐揚げ、それと忘れちゃいけないのが「馬づらはぎ肝和え」というやつ!これ、四国に「酒盗」ってあるけど、それ以上に「酒盗」だ。酒がメチャメチャ進む。日本酒がメチャメチャ美味しくいただける。それでいてこの肝和えもメチャメチャ旨い。肝がキモキモしていなくて、あっさりと上品な肝で、それでいてシッカリと味のする、でも全然邪魔しない。日本酒を引き立てて邪魔しない。それでいて旨い!絶品!

うどん県の彼をもてなすつもりが、自分ももてなされてた。完全にもてなされてた。でも、彼も私も十分に楽しめた。何の話したか?そんなの覚えていない。覚えている必要がないくらい他愛のない話。学生だった時のように何でもない話。今も昔も変わらぬ同じ時間の流れの中の他愛のない話。それに最高のおもてなしと旨い酒と肴で花を添えてくれた「のと半島時代屋」に感謝。そしてなにより、うどん県の親友に感謝。上司を放ったらかして他愛のない話に付き合って話の花を咲かせてくれたことに感謝。持つべきものは金でも地位でもない、「友」だ。「人」だ。「人」が財産だ。何にも代えがたい、代えられない「財産」だ。そして幸せだ。そう噛みしめることができるひとときを味わうことができた。

ありがとう、時代屋のみなさん。ありがとう、うどん県の親友くん。それと彼と出会えたことにも、ありがとう。

あ、忘れちゃいけない!うどん県のお父さま、お母さま、お姉さま、いつもありがとうございます!東京でも、彼と私は相変わらずです!それがいいでしょ!?進歩がないんじゃないですよ!?良い意味で変わらないんですよ!

Written by arito

2017-04-23 at 21:53

雨の日にあえて出かけてみる

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今週も何か映画が観たくて探したら、恵比寿に映画館があって、そこで深層心理を描く良さそうな映画があったから歩いて行こうと思っていた。朝起きた時は「雨かぁ…。しかも霧雨…。霧雨は傘さしても全身濡れちゃうんだよなぁ…。どうしようかなぁ…」と思っていたが、家にじっとしていても仕方ないので「出かける!」と決めて起きた。ただ、実際に出かける時はザアザアの雨になっていた。

だが、ザアザアと雨の降る中、完全防備で徒歩で出かけてみる。雨の日は、雨の日のほうが良いことがあるはずだからな。雨だからか?花びらは濡れている方がみずみずしくて花が喜んでいる気がする。

久々の長靴はご機嫌だ。どんなに雨が降っても、どんなに広くて深い水たまりもへっちゃら。ザアザア降りの中、いつもの通りスタスタと闊歩する。雨もなかなか気持ちいいじゃないか。長靴だからな。

目黒川に差し掛かると、雨の中、結構な人が桜を見に来ている。だいぶ中目黒から離れているところだったけど。でもここは座ってお酒飲んでいるような場所も店もないところ。酒臭くなくていいし、雨だから人も少なめでいい。川を渡る時に目黒川を見ると、川が桜の花びらでいっぱい。雨の中、桜の花びらが流れる目黒川。風流だ。

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雪のようだ。ステキだ。

帰りに祐天寺を差し掛かったら、「写経会」と書いてある看板が!「写経!」道路の反対側だったから日付がよく読めず見に行った。4/14(金) 18:00 – 20:00 いつでも参加可。行けるかも!行きたい!と思いつつ、ふと後ろを見るとなんかいい感じに咲いた桜と寺の風景が「THE JAPAN」って感じだったからさらに引寄さられるように境内の中へ。やっぱ桜、松、銀杏は神社とか寺院がとても似合う。

あれ?「帰りに」って映画は?どうしたの?

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この映画を語るには、、、ムリ。重たすぎてムリ。映画観終わったらかなり疲れてた。字幕が流れ始めた時にどっと疲れを感じてしまった。

でもいいんだ。出かけなければ、映画を観なければ、何も感じることは無かったのだし。久々に長靴を履いてルンルンで闊歩することもなかったしな。散歩だって初めて行くところならそれは「旅」だ。距離や長さには関係ない。行ったことのない場所を歩く。それだって「旅」だ。

雨の日に出かけるのもいい。お気に入りの長靴があればなお良し!「雨の日に出かけよう!」そんな一日だった。

Written by arito

2017-04-09 at 19:51

カテゴリー: , 映画

車を使わない日

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今日は車を使わないで出かけようと決めた。時間に追われないように。さっそく自宅から実家まで Google Map が 1 時間 10 分と言うので歩いてみることにする。歩いていると見たものにパッと近づけるし、そこでいくらでも時間を過ごすことができる。これは歩いていることの大きなメリットだ。車では気づきもしないし、気づいたとしても立ち止まったりそこで時間を過ごすことは都内では難しい。

緑道に咲く桜。団地の脇に咲く桜。電車の沿線に咲く菜の花。どれも「きれぇーだなぁー」で近づいてパシャリ。ウロウロしながら、写真を撮りながら歩いていたら 1 時間 20 分くらいかかった。ややヒンヤリとしたいい風が吹いていて、歩くにはちょうどいい感じ。

その後は映画。2月くらいにラジオで紹介されていて、観たいと思っていた映画。

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「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」。人の心の中の深〜い部分を探るような映画だった。うまく表現できないが、心の中の痒いところに届きそうで届かない、そんな揺さぶりの微妙な映画だった。主人公ディヴィスが自分の心を探る。自身で。何もかもぶっ壊して。ぶっ壊しながら、本当の自分の心の中を探る。そして妻のメモに気づく。「雨の日は会えない、晴れた日は思い出す」メモにはそう書いてあった。

観終わった跡、どうしてもこのメモの言葉でディヴィスが妻を確かに愛していたことに気づく理由が分からなかった。この言葉の意味がシックリ来ないというか、意味が分からなかった。

だから原語ではどのようにメモは書かれていたのか?を調べてみた。YouTube の映像 1:35 くらいのところ。

If it’s rainy, you won’t see me, if it’s sunny, you’ll think of me.

このメモは車のサンバイザーに貼られていたもの。サンバイザーは雨の日は使わない。晴れた眩しい日に使う。だから、サンバイザーの裏に貼られたメモは雨の日は見つけられることはない。晴れた眩しい日にサンバーザーを使った時にこのメモは見つけられる。奥さんはなんでもメモでディヴィスに、なんでも無関心なディヴィスにメモで伝えようとしていた。そしてこのメモは奥さんのディヴィスに対する気持ちを皮肉ったものだったのかもしれない。自分をサンバイザーの裏に貼ったメモになぞらえて。

意味がわかった跡、「なんて絶妙な訳なんだ!」と思う。最初は全く意味がわからなかったが、この訳は奥さんの気持ちをも訳してくれていたのだ!

ジワジワ来る。この映画は。今、もう一度観たい。すぐに。と思う。意味が分かったから、最初からもう一度観たい。そんな映画だ。

帰りには三日月を楽しむ。雑踏の中目から一歩入った緑道で。桜と三日月。雑踏じゃ桜は楽しめない。月も楽しめない。静かに独り見上げる空に桜と三日月。歩いて過ごす休日。

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おまけ。今日はラッキーだったのかもしれない。税込みラッキーセブン。

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Written by arito

2017-04-02 at 22:07

カテゴリー: , 映画

洗顔

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顔を洗うのは基本、朝と夜だろう。男はもしかしたら昼間もザブザブ洗うかもしれない。だが、基本は朝と夜だろう。

朝と夜なら、どちらが「洗顔」にこだわるだろうか?「こだわる」って変だな。どちらが洗顔って感じだろうか?シッカリ洗おうという気になるだろうか?といった「こだわり」があるだろうか?

そんなのない人もいるかもしれない。私もあんまり無かったが、しいて言えばやはり夜オフロに入っている時の洗顔の方が朝よりも「洗おう」という感じは強かったかもしれない。朝は時間ないし、ゆっくりじっくり洗顔なんてしようとも思わない。でも夜は「あー今日はつかれたー…疲れと一緒に一日の汚れもシッカリ洗ってスッキリしたーい!」と思うので、洗顔も「洗う」という意識が強いかもしれない。

そんな「洗顔」が、半年前、旅行先の温泉のにサンプルで置いてあった、ある洗顔料で劇的に変わった。「うるるの泡 茶洗顔フォーム」というやつなのだが、温泉で洗ったらビックリ!全然洗い終わった後が違う!肌の表面の老廃物がスッキリ取れて、それでいてシットリした洗い上がりで、洗顔しただけで肌がシットリ、モッチリする感じなのだ。ちなみに私は 40 代のおっさんである。そんなおっさんが1回洗っただけで肌にシットリ感とかモッチリ感とか老廃物が取れた、とか感じるくらいだから、どれだけ違うか?が逆に?良く伝わるのではないだろうか?「表面の老廃物がスッキリ取れた」感がある、と表現したが、この洗顔フォームは全然「スクラブ」とか、清涼感の出る刺激物は入っていない。「お茶」が入っているのだ。

男が使うスクラブ洗顔とはぜんぜん違う。あれは洗った後にスッとするかもしれないが、肌がザラザラになる。ゴリゴリ削って、清涼剤ですっきり感を出しているだけで、肌には良くなさそう。

でもこの「うるるの泡 茶洗顔フォーム」は全然違う。温泉に置いてあったサンプルは、受付付近に売っていたので早速買って帰った。中には泡立て用のネットが入っていて、これで泡立てて、泡で洗うとさらに凄い!効果抜群なのである。シッカリ老廃物が洗い流されて、でも仕上がりはシットリ、モッチリなのである。「洗顔って泡で洗うといいんだ!」と 40 代のおっさんが感じたのである。ちなみに、いつも使っている洗顔料でも、泡立てると汚れの遠方にある程度違いを感じられることも分かった。ゴシゴシ洗うより、泡でワシャワシャした方が、ずっと肌の細かい部分まで汚れが取れる感じがするのだ。

それからというもの、夜、お風呂で「うるるの泡 茶洗顔フォーム」を使った洗顔が一日の終りの楽しみになっていた。まず、尋常でなく泡立つので、泡立てるのも純粋に子供がお風呂で遊ぶみたいな感覚で楽しい。そして手のひらがアワアワになったらその泡で洗顔する。ワシャワシャ、ワシャワシャ。そして洗い流した時のすっきり感が半端ない。もう本当に楽しみであった。

で、なんでこんなことを書いているか?というと、その一日の終りの楽しみの「うるるの泡 茶洗顔フォーム」がなくなりつつあったのだ!「まずい!これを蓼科まで買いに行くのはあまりにも高い!助けて!Amazon!」と思って検索したらあったよ!ありがとう!Amazon?

Amazon で買えるなら、安心して使い続けられる。私の一日の終わりの楽しみは続く。繰り返しになるが、私は 40 代のおっさんである。でも、明らかな違いが分かる。それほど違うのだ。興味があれば是非!

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Written by arito

2017-03-25 at 10:16

森林公園

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Written by arito

2017-03-21 at 00:25

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数年ぶり?の夜勤

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世の中三連休だと言うのに、土曜から日曜にかけて数年ぶりの夜勤でシステム更新作業に立ち会っていた。まぁ、基本自分が何かするわけではないので、溜まった仕事を片付けつつ、確認作業をちょいちょいといった具合なので、起きていることが一番ヘビーな仕事といえばそれまでだ。久しぶりだったけど、やる仕事は山ほどあるし、お気に入りの音楽をかけながら好き勝手できるからご機嫌に仕事を片付けていたら、眠くなったのはもう日も高く上がった 7:00 過ぎ。少しだけデスクでウトウトして、その後はもう普通の朝。

転職を二回している私は、今の仕事は3つ目の仕事になる。土木屋、SE(UNIX 屋)、SE(何でも屋?)。改めて考えてみたらどれもこれも種類は違えどインフラの仕事。普段の生活では誰も気づかないところを、あって当たり前、動いていて当たり前のものを創り、修理し、運用し、そして作り変えて、また修理し、運用して…と。止めたらシコタマ怒られるけど、動いていても誰からも褒められることなんてない。正常な状態であること、動いていることが当たり前のものだから。そんな仕事が自分は好きなんだと思うのである。別に褒められたくもない。感謝してほしくもない。ただ一人心の中で「それは俺達が作ったんだぜ。守ってんだぜ。」と思うことが好きなのだ。完全に自己満足の世界だ。

でもね、この仕事をやっている仲間は、関わっている人たちはみんな分かっているんだ。あたかも必要とされていないかのような人たちが一番必要とされ、誰にも褒められないのに、何故かみんな必死にがんばっている。より良くなるように。みんな職人だ。常に良いものを目指しているから。

経験上、夜の道路工事とかで渋滞にハマっても、「ご苦労様、怪我せずに安全に、朝に間に合うようにお仕事完遂してください」と思う。彼らは限られた時間の中で、出来る限りの仕事を完遂することを日々行っているのだから。道端で道路ホッ繰り返している人たちだって皆同じ。心の中で「ご苦労様です!」と言う。みんな「仲間」と思える。土木屋をやっている時は間違えなく一緒に仕事していた人たち。土工、鉄筋屋、鍛冶屋、大工、坑夫、石屋、止水屋、道路屋…。み~んな必要な人たち。SE になっても同じ。プログラマもネットワーク屋、サーバ屋、それをまとめる SE。要するに「段取り屋」でしかない。仕事は全部他の誰かに頼んでいるのだ。一人でできることは限られている。だから、それぞれの専門屋に頼んで、職人達に頼んで作ってもらう。みんなで一緒に作る。段取りしかしない自分は作ってくれる人に感謝しながら。俺が作るのではなく、「俺達が作る」であって、もっと言えば「作ってもらう」なのだ。

そんな仕事をもう 20 年以上している。そんな仕事が好きだから。

Written by arito

2017-03-19 at 19:08

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三年

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三年という時間は長くもあり短くもある。一人の人間にとっても。ある側面から見れば長く、ある側面から見れば短いことがある。大きな変化があって短く感じる時、全く変化がなく短く感じる時、また、それぞれの逆もある。大きな変化があって長く感じ、全く変化がなく長く感じる時。それは思う人次第。感じる人次第。思う事柄次第、感じる事柄次第。

プロジェクト佐久が終わって三年。この三年は「三年も経ったのにこんなに変化がないのか…」と思う。まだ鮮明に記憶に残る佐久での日々。そして三年前の今日のこと。避けられない日がなんで今日なんだ…と思いつつ、そこに母の最後の”強烈な意思”を感じた三年前の今日。

結局、私には一言も言わずに、ただその生き様を鮮烈に残し、最後の最後でもその壮絶なまでの「我」を通した母。「私はこのように生きてきた!」と。母には聞こえていたし分かっていて、そして決めていたのだろう。「これはお前の仕事だ!」と。そう母は私に最後の仕事を申し付けていってしまった。私には一言も言わず、彼女がいってしまった後には「父を頼む」とだけ書かれた私宛の手紙が一通。

この三年をもし母が見ていたらなんと思うだろうか?「情けない息子だ…」と苦笑いをしているだろう。三年も経ったのに、ふとした時に思いがけず歌詞が心に刺さり涙する私を。

三年という月日は、時間は、全然私を癒してはくれない。忘れさせてくれない。変えてくれない。当たり前だな。時間はただ流れるだけで私を変えてくれるはずがないのだから。余計な記憶だけが消えてゆき、特定の思い出だけがより鮮明になる。そしてふとした時に鮮烈に心に射し込んでくる。

Supermarket Flowers を聞きながら花を買い、実家へ歩く。目をつぶっていても着けそうなほど慣れた道を。もう二十年以上、ここには住んでいないのに不思議だ。体が、足が覚えてしまっているみたいだ。、、、三年なんてまだまだだ。

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Written by arito

2017-03-08 at 18:20

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