Ari's Blog

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雨の日にあえて出かけてみる

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今週も何か映画が観たくて探したら、恵比寿に映画館があって、そこで深層心理を描く良さそうな映画があったから歩いて行こうと思っていた。朝起きた時は「雨かぁ…。しかも霧雨…。霧雨は傘さしても全身濡れちゃうんだよなぁ…。どうしようかなぁ…」と思っていたが、家にじっとしていても仕方ないので「出かける!」と決めて起きた。ただ、実際に出かける時はザアザアの雨になっていた。

だが、ザアザアと雨の降る中、完全防備で徒歩で出かけてみる。雨の日は、雨の日のほうが良いことがあるはずだからな。雨だからか?花びらは濡れている方がみずみずしくて花が喜んでいる気がする。

久々の長靴はご機嫌だ。どんなに雨が降っても、どんなに広くて深い水たまりもへっちゃら。ザアザア降りの中、いつもの通りスタスタと闊歩する。雨もなかなか気持ちいいじゃないか。長靴だからな。

目黒川に差し掛かると、雨の中、結構な人が桜を見に来ている。だいぶ中目黒から離れているところだったけど。でもここは座ってお酒飲んでいるような場所も店もないところ。酒臭くなくていいし、雨だから人も少なめでいい。川を渡る時に目黒川を見ると、川が桜の花びらでいっぱい。雨の中、桜の花びらが流れる目黒川。風流だ。

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雪のようだ。ステキだ。

帰りに祐天寺を差し掛かったら、「写経会」と書いてある看板が!「写経!」道路の反対側だったから日付がよく読めず見に行った。4/14(金) 18:00 – 20:00 いつでも参加可。行けるかも!行きたい!と思いつつ、ふと後ろを見るとなんかいい感じに咲いた桜と寺の風景が「THE JAPAN」って感じだったからさらに引寄さられるように境内の中へ。やっぱ桜、松、銀杏は神社とか寺院がとても似合う。

あれ?「帰りに」って映画は?どうしたの?

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この映画を語るには、、、ムリ。重たすぎてムリ。映画観終わったらかなり疲れてた。字幕が流れ始めた時にどっと疲れを感じてしまった。

でもいいんだ。出かけなければ、映画を観なければ、何も感じることは無かったのだし。久々に長靴を履いてルンルンで闊歩することもなかったしな。散歩だって初めて行くところならそれは「旅」だ。距離や長さには関係ない。行ったことのない場所を歩く。それだって「旅」だ。

雨の日に出かけるのもいい。お気に入りの長靴があればなお良し!「雨の日に出かけよう!」そんな一日だった。

Written by arito

2017-04-09 at 19:51

カテゴリー: , 映画

車を使わない日

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今日は車を使わないで出かけようと決めた。時間に追われないように。さっそく自宅から実家まで Google Map が 1 時間 10 分と言うので歩いてみることにする。歩いていると見たものにパッと近づけるし、そこでいくらでも時間を過ごすことができる。これは歩いていることの大きなメリットだ。車では気づきもしないし、気づいたとしても立ち止まったりそこで時間を過ごすことは都内では難しい。

緑道に咲く桜。団地の脇に咲く桜。電車の沿線に咲く菜の花。どれも「きれぇーだなぁー」で近づいてパシャリ。ウロウロしながら、写真を撮りながら歩いていたら 1 時間 20 分くらいかかった。ややヒンヤリとしたいい風が吹いていて、歩くにはちょうどいい感じ。

その後は映画。2月くらいにラジオで紹介されていて、観たいと思っていた映画。

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「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」。人の心の中の深〜い部分を探るような映画だった。うまく表現できないが、心の中の痒いところに届きそうで届かない、そんな揺さぶりの微妙な映画だった。主人公ディヴィスが自分の心を探る。自身で。何もかもぶっ壊して。ぶっ壊しながら、本当の自分の心の中を探る。そして妻のメモに気づく。「雨の日は会えない、晴れた日は思い出す」メモにはそう書いてあった。

観終わった跡、どうしてもこのメモの言葉でディヴィスが妻を確かに愛していたことに気づく理由が分からなかった。この言葉の意味がシックリ来ないというか、意味が分からなかった。

だから原語ではどのようにメモは書かれていたのか?を調べてみた。YouTube の映像 1:35 くらいのところ。

If it’s rainy, you won’t see me, if it’s sunny, you’ll think of me.

このメモは車のサンバイザーに貼られていたもの。サンバイザーは雨の日は使わない。晴れた眩しい日に使う。だから、サンバイザーの裏に貼られたメモは雨の日は見つけられることはない。晴れた眩しい日にサンバーザーを使った時にこのメモは見つけられる。奥さんはなんでもメモでディヴィスに、なんでも無関心なディヴィスにメモで伝えようとしていた。そしてこのメモは奥さんのディヴィスに対する気持ちを皮肉ったものだったのかもしれない。自分をサンバイザーの裏に貼ったメモになぞらえて。

意味がわかった跡、「なんて絶妙な訳なんだ!」と思う。最初は全く意味がわからなかったが、この訳は奥さんの気持ちをも訳してくれていたのだ!

ジワジワ来る。この映画は。今、もう一度観たい。すぐに。と思う。意味が分かったから、最初からもう一度観たい。そんな映画だ。

帰りには三日月を楽しむ。雑踏の中目から一歩入った緑道で。桜と三日月。雑踏じゃ桜は楽しめない。月も楽しめない。静かに独り見上げる空に桜と三日月。歩いて過ごす休日。

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おまけ。今日はラッキーだったのかもしれない。税込みラッキーセブン。

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Written by arito

2017-04-02 at 22:07

カテゴリー: , 映画

洗顔

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顔を洗うのは基本、朝と夜だろう。男はもしかしたら昼間もザブザブ洗うかもしれない。だが、基本は朝と夜だろう。

朝と夜なら、どちらが「洗顔」にこだわるだろうか?「こだわる」って変だな。どちらが洗顔って感じだろうか?シッカリ洗おうという気になるだろうか?といった「こだわり」があるだろうか?

そんなのない人もいるかもしれない。私もあんまり無かったが、しいて言えばやはり夜オフロに入っている時の洗顔の方が朝よりも「洗おう」という感じは強かったかもしれない。朝は時間ないし、ゆっくりじっくり洗顔なんてしようとも思わない。でも夜は「あー今日はつかれたー…疲れと一緒に一日の汚れもシッカリ洗ってスッキリしたーい!」と思うので、洗顔も「洗う」という意識が強いかもしれない。

そんな「洗顔」が、半年前、旅行先の温泉のにサンプルで置いてあった、ある洗顔料で劇的に変わった。「うるるの泡 茶洗顔フォーム」というやつなのだが、温泉で洗ったらビックリ!全然洗い終わった後が違う!肌の表面の老廃物がスッキリ取れて、それでいてシットリした洗い上がりで、洗顔しただけで肌がシットリ、モッチリする感じなのだ。ちなみに私は 40 代のおっさんである。そんなおっさんが1回洗っただけで肌にシットリ感とかモッチリ感とか老廃物が取れた、とか感じるくらいだから、どれだけ違うか?が逆に?良く伝わるのではないだろうか?「表面の老廃物がスッキリ取れた」感がある、と表現したが、この洗顔フォームは全然「スクラブ」とか、清涼感の出る刺激物は入っていない。「お茶」が入っているのだ。

男が使うスクラブ洗顔とはぜんぜん違う。あれは洗った後にスッとするかもしれないが、肌がザラザラになる。ゴリゴリ削って、清涼剤ですっきり感を出しているだけで、肌には良くなさそう。

でもこの「うるるの泡 茶洗顔フォーム」は全然違う。温泉に置いてあったサンプルは、受付付近に売っていたので早速買って帰った。中には泡立て用のネットが入っていて、これで泡立てて、泡で洗うとさらに凄い!効果抜群なのである。シッカリ老廃物が洗い流されて、でも仕上がりはシットリ、モッチリなのである。「洗顔って泡で洗うといいんだ!」と 40 代のおっさんが感じたのである。ちなみに、いつも使っている洗顔料でも、泡立てると汚れの遠方にある程度違いを感じられることも分かった。ゴシゴシ洗うより、泡でワシャワシャした方が、ずっと肌の細かい部分まで汚れが取れる感じがするのだ。

それからというもの、夜、お風呂で「うるるの泡 茶洗顔フォーム」を使った洗顔が一日の終りの楽しみになっていた。まず、尋常でなく泡立つので、泡立てるのも純粋に子供がお風呂で遊ぶみたいな感覚で楽しい。そして手のひらがアワアワになったらその泡で洗顔する。ワシャワシャ、ワシャワシャ。そして洗い流した時のすっきり感が半端ない。もう本当に楽しみであった。

で、なんでこんなことを書いているか?というと、その一日の終りの楽しみの「うるるの泡 茶洗顔フォーム」がなくなりつつあったのだ!「まずい!これを蓼科まで買いに行くのはあまりにも高い!助けて!Amazon!」と思って検索したらあったよ!ありがとう!Amazon?

Amazon で買えるなら、安心して使い続けられる。私の一日の終わりの楽しみは続く。繰り返しになるが、私は 40 代のおっさんである。でも、明らかな違いが分かる。それほど違うのだ。興味があれば是非!

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Written by arito

2017-03-25 at 10:16

森林公園

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Written by arito

2017-03-21 at 00:25

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数年ぶり?の夜勤

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世の中三連休だと言うのに、土曜から日曜にかけて数年ぶりの夜勤でシステム更新作業に立ち会っていた。まぁ、基本自分が何かするわけではないので、溜まった仕事を片付けつつ、確認作業をちょいちょいといった具合なので、起きていることが一番ヘビーな仕事といえばそれまでだ。久しぶりだったけど、やる仕事は山ほどあるし、お気に入りの音楽をかけながら好き勝手できるからご機嫌に仕事を片付けていたら、眠くなったのはもう日も高く上がった 7:00 過ぎ。少しだけデスクでウトウトして、その後はもう普通の朝。

転職を二回している私は、今の仕事は3つ目の仕事になる。土木屋、SE(UNIX 屋)、SE(何でも屋?)。改めて考えてみたらどれもこれも種類は違えどインフラの仕事。普段の生活では誰も気づかないところを、あって当たり前、動いていて当たり前のものを創り、修理し、運用し、そして作り変えて、また修理し、運用して…と。止めたらシコタマ怒られるけど、動いていても誰からも褒められることなんてない。正常な状態であること、動いていることが当たり前のものだから。そんな仕事が自分は好きなんだと思うのである。別に褒められたくもない。感謝してほしくもない。ただ一人心の中で「それは俺達が作ったんだぜ。守ってんだぜ。」と思うことが好きなのだ。完全に自己満足の世界だ。

でもね、この仕事をやっている仲間は、関わっている人たちはみんな分かっているんだ。あたかも必要とされていないかのような人たちが一番必要とされ、誰にも褒められないのに、何故かみんな必死にがんばっている。より良くなるように。みんな職人だ。常に良いものを目指しているから。

経験上、夜の道路工事とかで渋滞にハマっても、「ご苦労様、怪我せずに安全に、朝に間に合うようにお仕事完遂してください」と思う。彼らは限られた時間の中で、出来る限りの仕事を完遂することを日々行っているのだから。道端で道路ホッ繰り返している人たちだって皆同じ。心の中で「ご苦労様です!」と言う。みんな「仲間」と思える。土木屋をやっている時は間違えなく一緒に仕事していた人たち。土工、鉄筋屋、鍛冶屋、大工、坑夫、石屋、止水屋、道路屋…。み~んな必要な人たち。SE になっても同じ。プログラマもネットワーク屋、サーバ屋、それをまとめる SE。要するに「段取り屋」でしかない。仕事は全部他の誰かに頼んでいるのだ。一人でできることは限られている。だから、それぞれの専門屋に頼んで、職人達に頼んで作ってもらう。みんなで一緒に作る。段取りしかしない自分は作ってくれる人に感謝しながら。俺が作るのではなく、「俺達が作る」であって、もっと言えば「作ってもらう」なのだ。

そんな仕事をもう 20 年以上している。そんな仕事が好きだから。

Written by arito

2017-03-19 at 19:08

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三年

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三年という時間は長くもあり短くもある。一人の人間にとっても。ある側面から見れば長く、ある側面から見れば短いことがある。大きな変化があって短く感じる時、全く変化がなく短く感じる時、また、それぞれの逆もある。大きな変化があって長く感じ、全く変化がなく長く感じる時。それは思う人次第。感じる人次第。思う事柄次第、感じる事柄次第。

プロジェクト佐久が終わって三年。この三年は「三年も経ったのにこんなに変化がないのか…」と思う。まだ鮮明に記憶に残る佐久での日々。そして三年前の今日のこと。避けられない日がなんで今日なんだ…と思いつつ、そこに母の最後の”強烈な意思”を感じた三年前の今日。

結局、私には一言も言わずに、ただその生き様を鮮烈に残し、最後の最後でもその壮絶なまでの「我」を通した母。「私はこのように生きてきた!」と。母には聞こえていたし分かっていて、そして決めていたのだろう。「これはお前の仕事だ!」と。そう母は私に最後の仕事を申し付けていってしまった。私には一言も言わず、彼女がいってしまった後には「父を頼む」とだけ書かれた私宛の手紙が一通。

この三年をもし母が見ていたらなんと思うだろうか?「情けない息子だ…」と苦笑いをしているだろう。三年も経ったのに、ふとした時に思いがけず歌詞が心に刺さり涙する私を。

三年という月日は、時間は、全然私を癒してはくれない。忘れさせてくれない。変えてくれない。当たり前だな。時間はただ流れるだけで私を変えてくれるはずがないのだから。余計な記憶だけが消えてゆき、特定の思い出だけがより鮮明になる。そしてふとした時に鮮烈に心に射し込んでくる。

Supermarket Flowers を聞きながら花を買い、実家へ歩く。目をつぶっていても着けそうなほど慣れた道を。もう二十年以上、ここには住んでいないのに不思議だ。体が、足が覚えてしまっているみたいだ。、、、三年なんてまだまだだ。

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Written by arito

2017-03-08 at 18:20

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まだ冬桜

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「まだ」と言うと春を待ち望んでいるように聞こえるが違う。反対の気持ちだ。「まだ冬でいてくれ」と言う気持ち。

この冬桜は秋深い時期から真冬にも咲く。キンキンに冷えた真っ青の冬空にも凛として咲く。

そんな姿でまだいてほしいと言う気持ち。桜は綺麗だし好きだけど、そこから季節が夏に向かうことを考えるとね。。。

冬 > 秋 >> 春 >>>>> 夏

くらいの順番で季節が好き。不等号記号の多さは好きさの違いを表している。それくらい冬が好きなのだ。

冬が好き。

追記:
12/12 に「冬桜」って投稿していた。12 月の方が全然花が多い。やはり冬桜は冬が好きなんだよな。そう、冬が好き。

Written by arito

2017-03-06 at 08:22

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